ななてぃの独りごと×ドイツごと  2017年8月~ドイツ留学中

たまに独り言を言ったり、ドイツの事を語ったり。。

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一緒に大人になるということ

お久しぶりです〜〜!カナヘイうさぎ今年初めての投稿です〜、みなさんお元気ですか?ニコニコ

私は新年早々熱が出てしまって大変だったし、周りも結構風邪引いちゃってます 
でも1月も終盤、体調も良くなって、期末テストも無事終わったし、久々に更新したかったので、更新しますカナヘイハート


今日の話は、マーティンと付き合ってて良かったって最近改めて思ったことがあったので、そのエピソードについてお話ししますカナヘイ花


出会いはこれまでお話ししたように、高校1年の頃で、私が16、マーティンが15の時でした
実は私はその時反抗期時代でして、、、おーっ!
とにかく親の言うことを聞くのが嫌な時代でした。というか、親のイメージする大人になりたくなかったんです。。
というのも、うちの両親は友達の両親と比べると厳しい方で、私になってほしい理想がかなり高い方だったと思います、、。
具体的に言えば、2歳から英会話教室に通い、4、5歳はインター、5歳を過ぎるとお受験勉強、小学校に合格したら、低学年で英検3級まで取って、3年生からは中学受験のために塾に通い、中高一貫校に入学みたいな感じです。
正直、小学校の頃までは、両親が好きだったから特に違和感を感じぬまま、毎日お勉強してました。たまに外で遊ぶ近所の子を窓から見ながら、羨ましいなあ〜〜とは思ってたんですけどね笑い泣き
でも、中学3年くらいになって突然投げ出したくなりました。なんで親のレールの上を走らなきゃいけないんだ、私の人生だから自分の好きなことしたい!って。
その頃からすでに学校では大学受験の話が始まってて、周りはちらほら京大目指す、阪大目指す、とか言い始めるんです。先生も、あとセンターまで3年。3年あれば東大だって行ける!自分のキャリアは自分で掴め!みたいなこと言うんで、そのプレッシャーを真に受けちゃってガーン
別に大学行かなくったっていいじゃん。。そこそこの大学でいいじゃん。


たぶん、自分はあまのじゃくだから、人と同じなのが嫌でって言うのもあって、勉強したくなくなりました。


そんな感じで、進路に迷いを感じでいたころマーティンと出会いました。


初対面は知的な印象だったけど、話を聞くと毎日机に向かって勉強なんて全くしてなくって、同い年なのに、全然違う教育を受けていて。。それがとっても羨ましくて笑い泣き
そして高1の時はまだ良かったけど、高2になるとますます勉強量が違ってて。私は塾通いで、模試の偏差値と判定とにらめっこ。
マーティンはというと、お酒を飲んで、友達と夜中まで遊んで、シャーペンを握らない日なんてしょっちゅう。



なんでこんなに違うんだって日本の教育をうらんでました笑笑

それで、マーティンに
『私、マーティンと結婚したら、絶対子どもには受験勉強なんてさせないし、のびのびとドイツで暮らすことにする!子どもには絶対辛い思いさせたくない!えーん
とよく言ってました。

マーティンも、
『そうだね、、日本は大変だよね〜学歴社会だもんね〜、ドイツに暮らそう。』って。



それで、すでに高校時代にドイツ移住を心に決めて、絶対ドイツに暮らすって思って進路はドイツ語学科に決めてた感じですてへぺろ 一時、日本の教育を改革してやる!なんて思って教育学科に行こうなんて思ってましたが、自分1人で変わるはずもないかって思って、じゃあ日本から自分が逃げようみたいなことでドイツに暮らすことを考えて、ドイツ語学科に決めてました。


ところが、父親は大反対!

『マーティンと別れることもあるかもしれんのに、そんな進路は許せん。ドイツ語学科はやめとき!自分の進路なんじゃけえ、ちゃんと考えんと!』

『自分の進路じゃけん、ドイツ語学科なんよ!絶対ドイツ語学科じゃないと大学行かん‼︎』

こんな感じでケンカばっかり。

実際、ドイツ語学科がある大学って本当に少ない。。!だから両親もかなり心配はしてたと思う。おーっ!
だけど、特にやりたいことなんてなかった。自分から進んで何かをやる、これって好きなことじゃないとできないって事はもうすでに高校までの間でじゅうぶん感じてたから。



そんで、結局は両親が折れて私はドイツ語学科に今いる訳だけど、、、



今年に入って、ふと
『あっ、私今年で成人だ。そろそろ本気で将来のこと考えないと。』
って思ってうーん

 で、それを考えたとき、今まで絶対ドイツに暮らしてやる〜〜!なんて頑固な思いがなくなってたことに気づいたの。


まあ受験というプレッシャーがないっていうのが1つだけど、もう1つ、将来の子どものことを考えたときに、もしかしたら日本の方が良いんじゃないかって。。





あれ?


矛盾してる⁇


えーん




あんだけ自分に勉強を強要してきた日本の教育が嫌いだったのに、
子どもには絶対のびのびと暮らしてほしいなんて思ってたのに、


今は私が嫌いだった日本の教育の下で育てたいと思ってるって笑い泣き




それを思ったら突然自分が怖くなって。。



うわ〜っ私が嫌いだった大人になっていってるって大泣きうさぎ
なんでだ〜〜、結局私の親みたいに勉強させる大人になっちゃうのか〜〜えーんって。


それで、マーティンに、
『私、自分の嫌いだった大人になってきちゃってる。。ステータスなんて気にしない大人になりたかったのに、もうすでに日本で子供育てた方が子供が良い子に育つんじゃないかって思い始めてるえーんえーんどうしよ〜〜。』



って言ったの。







そしたら、マーティン。
『大丈夫だよ。一緒に大人になっていってるんだから。
日本に暮らそうがドイツに暮らそうが、結局は親がどういう風に育てるかだから。

もし、ナナコが僕らの子どもにガリガリ勉強させようとしてたら、それが高校生の時はナナコが嫌だって言ってたことだよって僕が気づかせてあげる。

それでも勉強させるんだったら、僕がガミガミ言わない優しいパパになるから大丈夫てへぺろナナコは"アジアンママ"でも大丈夫だよ。』って爆笑



どうやら、"アジア人のママ"というのは、ヨーロッパ人の中では教育熱心なママというイメージらしく笑笑 だからそれを"アジアンママ"と呼ぶらしいショックなうさぎ



でも、とっても感動した。。。



やっぱ子供って親が育てたように育つし、その子供も親に受けたように、子供を育てようとする。私は私が親から受けたように子どもを育てようとするし、マーティンはマーティンが親から受けたように育てようとする。

それはある意味変えることが難しいのかもなって。





そして今は大人と子供のちょうど狭間だから、子供の気持ちだってまだ忘れてないし、親の気持ちも徐々にわかるようになってきてるんだけど、





仮にもし、もう数年経って子どもの頃の気持ちを忘れてしまいそうになっても、子どもの頃から付き合ってきたマーティンとなら、絶対大丈夫だなって!



だって2人で過ごしてきた青春時代はいつまでも忘れないもん。ニコニコ




だからこの先どの国で生活するかはまだ決まってないけど、全く違う環境で育ってきた私たち、そして子どもの頃から付き合ってる私たちだからこそ、きっと楽しい家族になれるんじゃないかな〜〜って思うようになったんだよねほっこり






はい、以上が最近あったエピソードでございますつながるピスケ
19歳って本当に微妙な年頃だなって改めて思った。。
子供のままでいたいときと、大人になりたいときが両方ある、というか大人になりたいんだけど、自分が嫌いだった大人にはなりたくないなってあんぐりうさぎ



でも、もうあと数ヶ月で20歳。
しっかりこれから将来考えないとなあ〜〜気合いピスケ





では、またまた〜カナヘイきらきら
最後まで読んで下さってありがとうございましたカナヘイきらきら





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  1. 2017/01/25(水) 15:14:21|
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2017年11月5日、アメブロで書いていた記事をこちらに移しました!
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